夕暮れに、遠くの山々が深くかすんでいる。
小川には透明な水が流れている。
稲を刈った後の田んぼと、野菜畑。
Tさんが杖をついて座っている。網を持った7歳の長男が、魚を追っている。
ぼんやりとしているのに、ゆっくりと満ちてくるものがある。
畑で大根を抜かせていただき、そこで採れたばかりの大根で作った漬物をもらう。
いつまでも、いつまでも、こうして一緒に過ごせたらいいなと思う。
失いたくない風景を見てると思う。
いつまでも、いつまでも、顔を見せてほしいな。
そんな大好きな人が沢山いる。
漬物や、梅ジュースや、沢山の知恵を教えてくださり、花や、野菜を次々と届けてくださる守り神様みたいな人たち。
ちゃきちゃきと和裁をして自分の服を作るご婦人や、船に乗って漁に出ていた話を聞かせてくれるおじさまや、
畑に連れて行って子どもを遊ばせてくださる方や、、。
金立の地域の方々は、みんなものすごく個性的で、それぞれの魅力に富んでいて、優しくて、
そしてお元気だ!
それぞれが、それぞれの特技を持ち、四季折々の花を咲かせたり、魚を釣り上げたり、
才能を開花させ続けながら、暮らしてらっしゃる。
梅、吾亦紅、麦秋、菊、
アサヒ薬局には、地域の方々が、持ってきてくださる花々が絶えず、
病み疲れた人を元気づけている。
その人がその人の姿で、山と麦畑とに囲まれた、金立の住み慣れた地で過ごせるように、
アサヒ薬局は、在宅診療を行っている。
病院ではなく、ご自宅で過ごすのを望まれている方のお宅に訪問してお薬を管理し、お話をする。
本当にきつい時を伴にする。
もしかしたらこのまま元気にならないんじゃないか、、、と不安になることもある。
でも、闘病の最中に、その人らしさというものが決して失われないことに、胸が震える。
襖と、テレビと、台所。
いつもの場所。
その人だけの王国。
ご自身は、最悪の状態なのに、次々とふるまって下さる自家製のジュースや、庭で採れたゴーヤの揚げ物。
はにかんだ笑顔は、うっすらと光っているみたいだ。
誇らし気な満足した顔。
小さな神様みたい。
こんなにおいしいものを食べたことがないと思う。温かさで胸がいっぱいになる。
体が痛いはずなのに、止める手を振り払い、
私の子どもたちのために作ってくださるバナナケーキ。
涙して、食べる。子どもと二人。疲れ切った仕事帰り道の車内で。
どんなに貴重なものを食べているかということを、子どもに説明する。
小さくても分かる。
祖父母をもう失くしたからか、小さい頃、祖父母の部屋で、過ごした日々と重なるのだろうか。
伺うたびに、懐かしくてすとんと心が落ち着く。
そして、思う。
ささやかな、でも、確実に誰かを温める、自分が誇れることを、病気でも、やり続けるということ。
その人しか織りなすことのできないタペストリーを紡ぎ続けていくということの意味を。
地域で暮らすということ。
温かくて、懐かしい場所で、個性的な隣人たちに囲まれて、
日々のハプニングを伴に笑い、
温かく灯る家々の灯りに、みんながそこここにいるなと、感じながら、
遠くに霞む山々を眺め、夕暮れに佇む。
年をとっても、その土地にに笑いあう仲間たちがいる。
ふだんは在宅治療中で、
病気で家から出られない人も、慣れ親しんだ人たちと伴に笑いあうことができるよう、
アサヒ薬局で、笑いヨガが行われた。
教えるのも地域の人。集まったのも地域の人。知った顔ばかり。
無茶苦茶元気だ!(もちろん闘病中ではある、、笑)
笑って
笑って
笑いまくる、、、!
みな、なにがなんだか分からないくらい笑っている。
中の子さんすごい!!!
ずっと介護の現場で働かれていたこともあり、プロフェッショナル!!!
言葉遊びや、歌や、ヨガや、お笑いや、あらゆることが次々と繰り広げられ、
そこにしっかり認知症予防の頭を使うことがふんだんに盛り込まれている。
そして背景を飾る障害を持った子どもたちのアートも、この色とりどりのエネルギーを産んでいるのを感じる。
花火があがるように、次々と笑いが沸き起こる。
それは、この地域で伴に暮らし、ずっと見知った大事な人同士だからなんだろう。
そして今日、一番嬉しくて嬉しくてしょうがなかったことがある。
在宅で、闘病をしていて、ずっと会えなかった長年の親友が、
薬局に来られ、再開を果たされたのだ。
やっぱり誇らしげな笑顔で、ついにやった!と、私に目配せをする。
その方の辛い時期を知ってるから、思わず、足を踏み鳴らして、手を叩いてしまう。
すごい!すごい!
そして最後に我が薬局の一大スター!大野さんが、歌ってくださった歌は『朧月夜』。
『朧月夜』
菜の花畑に 入日薄れ
見わたす山の端 霞深し
春風そよふく 空を見れば
夕月かかりて におい淡し
里わの火影も 森の色も
田中の小路を たどる人も
蛙のなくねも かねの音も
さながら 霞める 朧月夜
それはまさに金立の風景だ。
大野さんのブルースのような、味わい深い声に、
しみじみと情緒が滲む日本の童謡。
現代風にアレンジされた童謡は、懐かしいのにスタイリッシュだ。
みんな酔ったように、じんわりといい顔になってゆく。
二曲目は『紅葉』。
渓の流に散り浮く紅葉
波にゆられて 離れて寄って
赤や黄色の色さまざまに
水の上にも織る錦
流れゆく束の間の時間の儚さ、
そしてその時間を伴に味わうことができる人々との出会いが歌詞に重なってゆく。
歌が終わったら、大野さんもお昼ご飯に混じる。
すでに、金立の人たちに、ものすごく愛されている、、。
すごい、、大野さん、、、、。
時々人生には、そこで、封印される瞬間がある。
金曜の仕事帰り。
自分の手際の悪さに落ち込んで、疲れた車内。
闘病中の震える手で、作って下さった、、あまりの感謝に、畳に頭をつけてしまったバナナケーキを
迎えに行った子どもと食べる。
「応援してるから。」
医療を提供する立場の私は、逆にそんな言葉をもらい、、。
感謝と、頑張らなきゃと、涙と、入り混じった、その時を、私は、
この先、疲れた時に、、、
頑張らなきゃいけない時にふと思い出すだろう。
そんな風に人は、人と風景を重ねながら、交差していく。
そういう流れの中に、皆で住んでいる。
薬を渡せば終わり、、ではなく。
人間と人間なのだから。
そのことを大事にしたい。
ただの物にも機械にもならず、人間として、
みな生きていけたらいいから。